3Dプリント義歯(デジタルデンチャー)、保険で作れるって本当?
2025年12月から、保険診療で新しく「3Dプリント義歯(デジタルデンチャー)」が作れるようになりました。
義歯とは”入れ歯”の事です。義手や義足のように、歯科業界では義歯と呼ばれます。
この記事で分かること
- 3Dプリント義歯(3次元プリント有床義歯)は2025年12月に保険に入り、令和8年度改定で独立した評価と届出制になった
- 型取りは従来どおり毎回行う。「失くしても刷り直せる」という取り扱いを定めた資料は確認できていない
- 合い方や安定は従来と同程度、着け心地は人により分かれるというのが研究の現状。修理は従来義歯のほうがしやすい
従来の義歯は、歯科技工士が多くの工程を手作業で行う、非常に丁寧で職人的な世界でした。しかし、技工士の高齢化や人材不足が全国的に問題となり、“これからの時代、義歯を安定して作り続けられるのか” という不安が現実味を帯びてきています。
こうした背景から、再現性が高く、効率的に義歯を作ることができるデジタル技術が注目され、保険診療にも導入されました。3Dプリント義歯はまさにその象徴で、従来の入れ歯とは違う「新しい選択肢」として広がりつつあります。
YouTubeにも3Dプリント義歯をテーマに、入れ歯の診療に携わる歯科医師と歯科技工所の経営者が集まり、対談した動画をアップロードしてます。是非こちらもチェックしてみてください!
目次
1. なぜ3Dプリント義歯が必要とされているのか
義歯づくりの裏側には、一般の方には見えない苦労がたくさんあります。
精密な型取りに始まり、噛み合わせを採る作業、人工歯の細かな配列、樹脂を固める工程、最後の研磨まで、数十にも及ぶ工程をすべて手作業で行うため、技工士の負担は非常に大きいものです。
今はまだ技術者が支えていますが、若い技工士が少なく、義歯を専門に扱う技工所は減る一方です。このままでは、高齢者の多い日本で義歯を必要とする方が増えるにもかかわらず、製作を担える人材は減っていくという、矛盾した状況になってしまいます。
そんな問題を解決するひとつの方法として、「義歯製作を一部デジタル化する」という流れが生まれました。3Dプリント義歯は、その中心にある技術です。
2. デジタル義歯の特徴:変わるのは「作り方」と「直す場所」
3Dプリント義歯が従来の義歯と大きく違うのは、義歯の形をコンピュータ上で設計し、その設計データから3Dプリンターで造形する点です。手作業の工程が減るぶん、同じ設計から同じ形を作る再現性は高まります。
「一度データにすれば、失くしても刷り直せる」という説明を見かけることがありますが、そのような取り扱いを定めた資料は確認できていません。日本補綴歯科学会の診療指針が示す製作の流れは、従来法と同じく、毎回の精密印象採得と咬合採得から始まります。指針が「保存して管理すること」と書いているのは、設計データではなく、使った材料の名称とロット番号のほうです。
診療指針が書いている「直す場所」
指針には「仮床試適後に人工歯及び粘膜面を修正したい場合は必ずデザイン上で修正を行うこと。トライインデンチャーを修正しても、最終義歯には反映されないことに留意すること」とあります。試着用の義歯を削っても最終の義歯には反映されず、直すのはデータのほうになります。
仕上がりの良し悪しは、試適の段階でどれだけ丁寧に設計を直せるかで決まります。「使い心地の良い設計」に行き着くまでの診察の密度は、従来の義歯と変わりません。
3. 研究からわかる3Dプリント義歯の実力
「フィット感が良い」と言われることがありますが、公表された研究で見ると、評価はもう少し慎重です。
日本の大学病院2施設で、上下とも総入れ歯の18人が従来義歯と3Dプリント義歯の両方を使い比べた交差比較試験(Iwaki ほか 2024)では、口の健康に関する生活の質も満足度も、3Dプリント義歯は従来義歯に劣らない(非劣性)という結果でした。参加者が18人と少なく、著者の1人が材料メーカーに所属している点は差し引いて読む必要があります。
英国の3つの歯学部の研究(Osnes ほか 2023)では、同じ型取りから従来義歯と3Dプリント義歯を1つずつ作って比べたところ、維持と安定は同程度と感じられた一方、着け心地では従来義歯を選ぶ人のほうが多く、結論は「従来義歯より優れてはいない。さらなる研究が要る」でした。
従来の義歯は樹脂を固めるときにわずかに縮みますが、3Dプリントやミリング(削り出し)ではこの縮みが小さいとされ、歯ぐきの形をそのまま写しやすいと考えられています。ただし従来法でも縮みへの対策は積み重ねられてきたので、研究で圧倒的な差が出ているわけではありません。
総合すると、合い方や安定は従来と同程度、噛みごこちや着け心地は人によって感じ方が分かれる、というのが現在の評価です。紹介した研究はいずれも公表された資料の要約で、当院の成績ではありません。
4. 材質の違いと修理の難しさ
3Dプリント用の樹脂は、従来のものよりやや硬めで、しなりが少ない傾向があります。
そのため、割れてしまった場合に従来のレジンで補修するのが難しく、技工所では表面を削ったり、専用の接着剤を使ったりと、特別な工夫が必要です。
日本補綴歯科学会の診療指針も、修理やリライン(裏打ち)はできるものの、接着しにくいという報告があるので経過を観察するように、と書いています。技工所の技術があれば修理ができないわけではありませんが、従来義歯のほうが修理がしやすいという点は否めません。
実際に修理したケースが少ないため、これからどのような評価になるかはまだ研究からも読み取れない部分で、今後経験・工夫するしかないように思います。
今後、材料が進化していくことでこの問題が改善されることが期待されています。
5. 保険診療としての課題
3Dプリント義歯には専用のプリンターや材料が必要で、設備コストが高いという特徴があります。この記事を最初に書いた2025年12月の時点では、保険の点数は従来の入れ歯と同じ扱いで、導入する歯科医院や技工所の負担が大きいという課題がありました。
その後、令和8年度の診療報酬改定で「3次元プリント有床義歯」として独立した評価が新設され、地方厚生局長等への届出が必要な形に変わりました(施行は令和8年6月)。設備投資に見合う評価になったかどうかは、届出をした医院がどれだけ増えるかで、これから分かります。
患者さんの側から見ると、前の節のとおり合い方や安定に明確な差がない以上、「3Dプリントだから」という理由だけで選ぶ場面はまだ多くありません。どの医院でも受けられる処置ではなく、届出をした医院に限られる点も知っておいてください。
可能性として懸念しているのは、技工所サイドの3Dプリントデンチャーの技工費の不当な値下げです。「歯科医院が技工所に適正な価格を支払っているか”問題”」は、私の知る限り50年以上も尾を引いている根深い問題ですが、ここ最近は歯科医院の”強引な値下げ”も減っているように感じており、業界としては健全化の方向に向かっていると”感じて”います。ここに来て、さらに義歯の値下げ競争が行われるのは個人的に非常に心配しています。この辺りは本当に個人的な感覚ですので読み流して頂ければと思います。
6. 3Dプリント義歯のこれから
これは動画中でも話し忘れた内容ですが、この3Dプリント義歯とは私やIhanaグループ代表の三輪先生には縁があります。私も三輪先生も大学生の頃、大阪大学歯学部の歯科理工学教室という所で少し研究に触れる機会があり、その当時注目を集めていた研究の一つが3Dプリントデンチャーでした。2009年の事だったと思います。ちょうど3Dプリントにまつわる大きな特許が切れて多くのアクセスが可能になった時期です。
そこから十数年の時を経て、保険適応にまで進歩したことは感慨深いものがありますが、3Dプリントの材料に関する順当な進歩でここまで来ましたが、同じペースの進歩だと大きく改善するのには少し時間がかかりそうです。
ただ先程お話した制度の問題も大きく3Dプリントデンチャーに多くの研究費用を割くだけのインセンティブが設定されれば、大きく進化する可能性もあると思います。その時には技工士不足という日本全体の課題を考えると、デジタル化は義歯治療を支える大きな力になるはずです。
まとめ
この記事の要点
- 3Dプリント義歯(3次元プリント有床義歯)は2025年12月に保険に入り、令和8年度改定で独立した評価と届出制になりました
- 型取りは従来どおり毎回行います。「失くしても刷り直せる」という取り扱いを定めた資料は確認できていません
- 合い方や安定は従来と同程度、着け心地は人により分かれるというのが研究の現状です。修理は従来義歯のほうがしやすいという点は残ります
大阪市中央区にあるIhana歯科北浜では、お口の状態や生活スタイルを伺ったうえで、入れ歯の選択肢をご説明しています。「自分に向いているのはどれだろう?」と気になる方は、LINE または Web 予約からご相談ください。
※3次元プリント有床義歯は施設基準の届出が必要な処置で、どの歯科医院でも同じことができるわけではありません。当院での実施の可否は診察時にご確認ください。
※紹介した研究や指針の記述は公表された資料の要約で、当院の成績ではありません。
執筆:岩崎亮也(歯科医師・Ihana歯科北浜 院長)/初出 2025-12-30・更新 2026-10-08(2025年12月の収載と令和8年度改定、学会の診療指針、研究2本を一次資料で確かめて書き直しました)
この記事の参考文献・一次資料(全5件)
- 1. なぜ保険に入ったか/5. 保険診療としての課題
- 中央社会保険医療協議会 総会(第626回・令和7年11月12日)総-1(3次元プリント有床義歯の保険収載・令和7年12月1日) mhlw.go.jp(PDF)
- 厚生労働省保険局医療課「令和8年度診療報酬改定の概要【歯科】」(3次元プリント有床義歯の独立した評価の新設・届出制) mhlw.go.jp(PDF)
- 2. デジタル義歯の特徴/4. 材質の違いと修理の難しさ
- 公益社団法人日本補綴歯科学会「3次元プリント有床義歯の診療指針」令和8年2月(令和8年3月31日一部改訂) hotetsu.com(PDF)
- 3. 研究からわかる3Dプリント義歯の実力
- Iwaki M ほか 2024. J Dent 150:105338. 日本の大学病院2施設・上下顎無歯顎18人の単盲検クロスオーバーRCT(非劣性) pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Osnes C ほか 2023. Br Dent J. 英国3歯学部の前向き実行可能性研究(着け心地は従来義歯を選ぶ人が多い・優越性なし) pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
